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ミキモトのネックレスの歴史

広告が語るパールネックレス〜洋装の仕上げにパールネックレス〜

歴史をさかのぼってみると、ミキモトがパールネックレスへの美意識や文化的な普及を果たす役割を広告に託してきたことが見えてきます。パールネックレスが、広告を通してファッションや文化を生み出していったのです。
ジュエリーを装う文化が国内に広がり始めた大正時代。ミキモトは、日本の女性ファッション誌や新聞に、いち早く西洋の影響を受けたモダンな広告を出しています。
モダニズムが花開き、女性のファッションも大きく変化した1920年代。モボ・モガが出現した頃に、身体を締め付けないドレスやショートヘアに合わせてパールネックレスが愛用されました。
活動的な洋装の仕上げに日本女性の清楚さを漂わせるパールネックレスを提案した広告は、当時もっともファッショナブルな女性のイラストに「清楚な装身具」というキャッチコピーを添えた誌面で、女性の気持ちに寄り添ったなんとも伝わりやすいものでした。
同じ頃、より公共性のある新聞広告では「お嬢様方に御手頃の頸飾り取り揃えました」と、まだ高価だったパールネックレスを、 “御手頃の頸飾り” と表した宣伝力が際立つ広告を載せています。