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ミキモトのネックレスの歴史

広告が語るパールネックレス〜ファッションとパールネックレス〜

雑誌「婦人画報」

1956年(S31) : 雑誌「婦人画報」

1960年頃、ファッションの流れはオートクチュールからプレタポルテへと移ります。海外ではファッションアイコンでもあったオードリー・ヘップバーンやジャクリーン・ケネディがパールネックレスを愛用するなど、パールネックレスはさらにブームとなります。

雑誌「婦人画報」

1959年(S34) : 雑誌「婦人画報」

国内でもファッションへの関心が一気に高まり、ミキモトの広告もパールジュエリーとのコーディネートを美しいビジュアルとともに提案しています。当時流行した服のシルエットに合わせて、ブローチとネックレスのバランスが美しいファッション性の高い広告もこの時代ならではです。

雑誌「ミセス」ミキモト真珠発明75周年の広告

1968年(S43) : 雑誌「ミセス」ミキモト真珠発明75周年の広告

また、この頃はロングやドッグカラー、レースタイプのネックレスと多彩なスタイルのパールネックレスが生まれ、重ねて装うなど自由な着け方が演出できると紹介しています。

2008年頃からのトレンドと思われているロングネックレスのアレンジも、50年程前から紹介しています。
1968年の雑誌広告では、紺のワンピースに白いタイツといったお嬢様スタイルの装いに、チョーカー10本分の長いロープを首元と手首に巻いたアレンジ。「幾通りにも変化が楽しめる合理的な新創作」と広告で説明していますが、当時はかなり斬新だったのではないでしょうか。