SKIP TO CONTENT

ネックレススタイルとトレンドの関係

基本のパールネックレス “チョーカー”

「チョーカー」って?

「チョーカー」と言えば、短めのネックレスの代名詞のように使われていますが、実は英語のCHOKEには“首を絞める?”という少々不気味な意味があります。
では、美しいネックレスになぜこのような名前が付けられたのでしょうか?

御木本幸吉が、世界で初めて真珠の養殖に成功したのは1893(明治26)年。この時に採れた真珠は、まだ半円真珠でした。真円真珠の養殖を目指した幸吉は、1905(明治38)年明治天皇に拝謁の機会に「世界中の女性の首を真珠でしめてご覧に入れます」と幸吉は豪語しています。

この言葉は今に語り継がれていますが、この幸吉の“絞める”という言葉がチョーカーというネーミングを生むことになったのではないでしょうか。しかも、いささかセンセーショナルな意味を持つ言葉をあえて使ったことは、幸吉のひとつの戦略のようにも思えます。

真珠養殖の成功がネックレスのスタイルを変えた?

「カタログ真珠」40号

もともと真珠のネックレスというと粒の大きさが揃ったものが多かったのですが、これは一部の特権階級の間に限られていました。なぜか、と言うと、天然真珠の時代はもちろんのこと、養殖真珠の時代が到来しても、しばらくは現在のようにさまざまなサイズの真珠を揃えることは大変難しかったからです。
一般的に、天然真珠の時代から中央の真珠一粒のサイズが大きめで両側の裾にいくに従って小粒の真珠が配されている“グラデュエーション”というタイプが主流でした。

1893年に人の手により真珠が生まれるようになってから30年を経て、1923年に初めてミキモトのカタログに真珠のネックレスが登場しています。しかし、これもグラデュエーションタイプのネックレスでした。

そこから30年間はグラデュエーションタイプのネックレスが全盛となりました。

1961年のカタログ
(上:グラデュエーションタイプ 下:ユニフォームタイプ)

1960年代になり、養殖技術の進歩と共に真珠のサイズもさまざまに揃うようになり、ほぼ同じ大きさの真珠が連なるユニフォームタイプと呼ばれるネックレスを作ることができるようになりました。その頃に、“チョーカー”タイプのネックレスが誕生します。

ちなみにチョーカーは首にぴったりの約40cmの長さ、次は約60cmでマチネーといって昼間の装いの長さ、約80 cmはオペラ。オペラ鑑賞におすすめしたい長さのネックレスという意味が込められています。そして約120cmは、その長さを強調してロープという名が付けられています。

海外からの憧れの的・・・パールネックレス

1968年のミキモトの広告

1960年代、東京オリンピック、国際的な社会奉仕団体の世界大会や万博などが高度成長に伴って開催され、日本を訪れる外国人観光客が急増していきます。お土産として大人気だったのが真珠のネックレス。
銀座ミキモトには、多くの外国人が来店したといいます。彼らが求めたのは、好みや体型などから殆どがチョーカータイプのネックレスでした。

その頃、日本人のあいだでも当時の皇太子殿下、美智子妃殿下のご婚約やいざなぎ景気で一般にも真珠のネックレスが浸透していきました。こうして、“チョーカー”タイプのネックレスは徐々に定着し、また、ファッションの多様化に伴って、さらにさまざまな長さのネックレスが生まれていったのです。