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世界の歴史の中のネックレス

ネックだけじゃもったいない?〜貴婦人流パールネックレスの愛し方〜

古代から王族たちの身を飾ってきた、豪華なネックレス。
その多くは他のジュエリー同様に、持ち主が変わるたびに新しいスタイルに作り変えられ、昔のデザインは失われてきました。
現存する絵画の中にネックレスを見ることはありますが、残念ながら、中世(※)のヨーロッパにおいては芸術のほとんどすべてが宗教に捧げられ、絵画と言えば宗教画であったため、当時のネックレスのスタイルははっきりとは解りません。
ルネサンス以降になると、ようやく王侯貴族の肖像画が描かれるようになり、当時の衣裳と共に、さまざまなスタイルのネックレスが登場します。
※一般的に、ヨーロッパの中世とは、5世紀〜15世紀ごろとされる。

画面の中で微笑む王族たちは、ネックレスをはじめ、華麗なジュエリーを身にまとっています。その多彩さ、デザインの豊かさには圧倒されます。
中には後世の加筆もあるようですが、それにしてもジュエリーの細かな部分まで解るようにリアルに描かれたものも少なくなく、そのような肖像画を見るだけでもジュエリーの歴史をたどる旅をした気分になります。
こうした肖像画の多くは、王侯貴族たちが当時の有名画家に描かせたもの。
いくつもの宮殿に飾ったり、臣下に配ったり、お見合いの相手に送るために、さながら記念写真の焼き増しのように複数描かれることもありました。

では、貴婦人たちのパールネックレスに注目してみましょう。
肖像画のクイーンやプリンセスたちの中には、もちろん、現代女性と同様のチョーカー(約40cm)やロープ(約120cm)、つまりシンプルな一連のネックレスをネックラインにつけている女性もいます(図1)。しかし、パールネックレスは、彼女たちのネック(首もと)だけにおさまってはいません。
時には手首に巻かれてブレスレットになったり(図2)、結った髪の中に編み込まれたり(図3)、あるいはドレスのフロントや肩などに留められたり(図4,5,6)と、変幻自在に活用されているのです。
こうした傾向は、パールネックレスならではの特徴のようです。

なぜ、そんなアレンジができたのでしょうか?
実は、王侯貴族は自分ひとりで衣裳を着たわけではありませんでした。
複雑なパーツに分かれた服を多くの人々の手で着付けていたため、ジュエリーも、本人では手の届かないような意外なところに飾れたのです。

時代が下り、宮廷文化の最盛期になると、宮殿では昼も夜もさまざまなイベントが開催されるようになりました。
宮廷生活の中に、それぞれの催しに合わせて一日に何度も「お召し換え」をする習慣が生まれたのです。
しかし、いくら人の手を借りていたとはいえ、複雑な衣裳をまとっていた貴婦人たちにとって度重なる「お召し換え」は、大変なストレスだったはず。簡単に着け方をアレンジできるパールネックレスは、そんな時の仕上げのジュエリーとして、高貴な人々にとっても、着付けをする人にとっても、さぞかし重宝がられたことでしょう。

想像してみてください。もしもこれが宝石を嵌めた貴金属のジュエリーならどうだったでしょうか。表と裏の区別があり、台座はがっしりと固められていて、形を変えるのは容易ではありません。
真珠を糸で繋いだしなやかなパールネックレスだからこそ、さながら1本のリボンのように自由に扱うことができ、アレンジもしやすかったのではないでしょうか。

私たちが愛するパールネックレスも、ネックに着けるだけではもったいないかもしれませんね。
さすがに何人もの人々に着付けてもらうというわけにはいきませんが、例えばパールのチョーカーを手首に二重に巻いてブレスレット使いにしてみる、あるいはアシンメトリーのワンピースにロープのパールネックレスを斜めにかけてみるなど……私たち自身にもできる、楽しいアレンジがありそうです。
プリンセスたちの装いをヒントに、あなただけのオリジナルのコーディネートを見つけてみてはいかがでしょう。