SKIP TO CONTENT

世界の歴史の中のネックレス

菩薩様もネックレスをしているの?〜インド王の必需品〜

これまではヨーロッパに残る肖像画の中から、真珠のネックレスがどのように装われてきたかを見てきました。
ここでちょっとヨーロッパ以外の地域にも目を向けてみましょう。
実は真珠を産出するアコヤガイや蝶貝の仲間は、ヨーロッパの海ではなく太平洋やインド洋、アラビア海などの暖かな海に生息しています。ヨーロッパの王侯貴族たちがこぞって身に着けた真珠の多くは、もとはアジアやアフリカ、アラビアの海で採取されたものと考えられます。

19世紀末に御木本幸吉が真珠の養殖に成功するまでは、真珠は海にいる貝の中に自然に形成されたものを見つけ出して得られるものでした。
現存する歴史的な遺物の中に真珠はほとんど残っていませんが、古い時代の絵画や彫刻に、これは真珠だったのではないか?と思われるものがあります。
この連載の中でもネックレスをつけた女性を描いたポンペイのモザイク画をご紹介しました。またブロンボス遺跡の貝殻から推察されるように、珠を連ねるネックレスという装身具は人類の歴史と共に世界中で見ることができます

世界各国の民族には伝統的な装身具があります。それぞれの土地で育まれた民族文化は基本的に自分たちの土地で手に入るものからネックレスの材料を見つけ出しました。自分たちの住む場所から生まれ出るものを知り尽くしたうえで、様々な材料の中から特に皆が美しいとたたえ、希少なものを選んで身に着けたのです。 その中には当然ながら海で採れた真珠を集めたものもあったでしょう。
では真珠の産地でもあるアジアにはどんなネックレスがあったのでしょうか。

たとえばインドの古い宗教や仏教の古い像などには長短さまざまなネックレスを身につけているものがあります。
インドでは上流階級の人々は男女共に、時代によっては男性の方が権力の証として宝石などをちりばめた装飾品を積極的に身につけました。
ヒンズー教の神々や仏教の像には、仏像が作られ始めた当時のインド貴族の装束がその姿に残されています。仏教では悟りを開いた如来像は装飾品をつけませんが、衆生と同じようにまだ修行中の姿で表される菩薩像は、釈迦、すなわちゴータマ・シッダールタ王子が出家する前の姿を模しているといわれています。

図3:1〜2世紀にガンダーラで作られた菩薩立像。肩や胸など身体全体に装飾品を纏っています。

仏像が身に着けているネックレスのようなものは瓔珞(ようらく)といいます。 瓔珞とは元はサンスクリット語の「ムクターハーラ」の訳で「真珠の首飾り」という意味だと言われています。

現在では瓔珞は珠玉や貴金属を糸で編んだものとされ、首や胸にかけるもののほか、腕や足に装着するもの、またはお堂の荘厳のため仏像の天蓋などから下がっている飾りなど、装飾品全般のことも広く意味します。

図4:7〜8世紀 様々なタイプの装身具で飾られた九面観音菩薩(法隆寺・国宝)
出典/Wikipedia

「浄土に生える樹木には瓔珞が下がっている」とも言われます。美しい珠や宝石、貴金属の輝きは、尊い仏の身体を飾るだけでなく、その周囲の空間にも行き渡り、仏の知恵や優れた力の象徴となっていたようです。

?古代から人類と深くかかわってきたネックレス。歴史が古く装い方も多様ですが、それぞれに意味や役割があったことが窺えます。
ジュエリーの様々なアイテムの中でもネックレスを身につけることは、美しく貴重なものを身体に纏うことによって見えない力で自らを守る、または自らの持つ力を引き出すという意味もあったのかもしれませんね。