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連載 すべてが円くなるように 原田マハ

作家・原田 マハさんがMIKIMOTOのために
書き下ろした連載です。
ここでしか出会えない
真珠にまつわるエッセイや
ストーリーをお楽しみください。

Vol.9

海からの贈りもの

有機的な宝石(オーガニック・ジェム)」である真珠には、
他にはないあたたかな光が宿っている。

リタ・碧海・芦花、大学の同窓生三人が鳥羽に集合。
メトロポリタン美術館に勤めるリタが、展覧会の取材のために訪れたのだ。

世界じゅうの青空をすべて集めてきたような快晴の朝を、私とリタは鳥羽にある碧海の家で迎えた。

十年まえに移り住んでから碧海が自分でこつこつ手を入れてきたと言う古民家は、都会では考えられないほど広々としていて、「ゲストルーム」が三つもある。一階の六畳間の和室を与えられた私は、布団の中で伸び伸びと両手足を伸ばし、夢すら見ないでぐっすり眠った。ブルックリンのアパートの小さな寝室でパートナーと毎晩おしくらまんじゅうしながら寝ている環境とは雲泥の差だ。やはり帰国を決断した碧海の勘は冴えまくっていたなと、そこに私は感心しきりなのだった。

いつもなら朝七時から潜って漁をするという碧海だが、今日は私たちに付き合って取材に同行してくれることになっていた。レンタカーの運転席に碧海が座り、海辺の道を軽快に走る。私は助手席で陸側にこんもりと広がる緑を眺め、リタは後部座席の窓を全開にして、昨日と同じく車内いっぱいに潮風を呼び込んだ。

私たちを乗せた車は、こぢんまりとした入り江に到着した。ここは取材の目的地のひとつ、ミキモト多徳養殖場である。海面に連なる養殖筏が小波に揺らめき、水のほとりに昔むかしの小学校の校舎さながらの木造の平屋が建っている。入り江の彼方に広がる英虞湾は朝日にきらめき、島々がのんびりと重なり合って休息している。のどけさを絵に描いたような景色を背景に、ひとりの女性が私たちを迎えてくれた。

「ようこそ、多徳へ。お目にかかれて嬉しいです」

にこやかに握手して、英語であいさつしたのはミキモトの広報部長、八重樫さん。ショートカットにパールピアスがとてもよく似合っている。多徳養殖場と鳥羽工場の両方を視察して取材したい、との申し入れを快く引き受けてくれ、東京から駆けつけてくれた。「メトロポリタン美術館での展覧会の企画のためでしたら、喜んで」と。彼女自身、大学で西洋美術史を専攻していたのだそうだ。リタは八重樫さんの手を握り、親しみを込めて言った。

「私はいま、真珠をテーマにした展覧会のリサーチのために、さまざまな宝飾品や絵画の中に登場する真珠を追いかけている最中ですが、今日がそのハイライトです。真珠の『ふるさと』を訪れるという夢が叶いました」

リタに続いて私が自己紹介し、それから碧海が「海女のアオミです」と言いながら、アメリカでのトレーダー時代そのままに力強い握手を交わした。

ニューヨークから来たふたりと地元の海女が友人同士であると知って、八重樫さんは驚く以上に感心しきりである。「すごいですね。こことマンハッタンが一気に継がった気がします」と嬉しそうに言って。

それから、養殖場長の山内さんを紹介された。親子二代に渡って場長を務めてきたという、養殖真珠のすべてを知るエキスパートである。この場所の案内人として彼以上の人はいないだろう。

時代がかった小学校の校舎のように見えたのは作業場だった。無機質なラボのような施設を漠然と思い浮かべていた私は驚きを隠せなかった。世界じゅうの人々を夢中にさせているエレガントなジュエリーの源が、なつかしい風情の木造の建屋にあったとは、なんとも心和むサプライズだ。

「竹本海咲さんはこちらにいらっしゃるんですか?」

昨夜の女子会で一緒に飲んだ若き職人は「明日がありますんで、お先に」と潔く帰っていった。彼女はこの養殖場で「核入れ」を担当していると言っていた。それがどういう作業か、事前に聞いておきたかったのだが、見るに勝ることはないから明日まで取っておいたほうがいいと、母親の渚さんに言われ、楽しみにやって来たのだ。

「ええ、竹本さんはいま、作業の真っ最中です。見に行きましょう」

山内さんが言って、私たちは彼のあとに続いた。

木造の建屋の中へ足を踏み入れると、なんとも不思議な光景が私たちを待っていた。

海に面したガラス窓を右手にして、まるで教室の机のように作業台が整然と並んでいる。その前に座って、職人たちが黙々と作業に集中している。

全開にした窓から潮風が心地よく吹き込んでくる。室内は静物画のように豊かな沈黙と清涼な空気に満たされていた。

出入り口にいちばん近い作業台で、作業中の海咲さんを見つけた。が、私たちは誰も声をかけなかった。彼女の仕事を邪魔したくなかったのだ。代わりに山内さんが気さくな調子で声をかけた。

「竹本さん。外国からお客さんが見えとるよ」

海咲さんは手を止めて、一瞬顔を上げた。こんにちは、とはにかんだような微笑を浮かべて見せると、またすぐ作業に戻った。碧海に「もっと近くで見てみたら?」と促されて、私とリタは海咲さんの両側に佇んだ。ふたりとも自然と息を殺しているのに気付いたのか、山内さんが笑って言った。

「そんなに遠慮しなくても大丈夫です。なんでも彼女に訊いてください」

「でも、集中しているのに、話しかけたりしたら……」

私がつぶやくと、海咲さんがもう一度顔を上げた。

「いま私がやってるのが、昨日リタさんが尋ねられよった『核入れ』の作業です。となりの台でカットされたアコヤ貝の外套膜の『ピース』と、貝殻を丸く削って作った『核』を一緒にして、アコヤ貝の体内に移植するんです」

リタと私はできる限り顔を近づけて、その神秘的な作業をじっくりと見た。

作業台の上にあるスタンドにアコヤ貝が固定されている。少し広げられた口に編み針のようなスティックで慎重にピースを載せた核を入れる。海咲さんの手は実に器用に動き、手際よく次々に核入れをこなしていく。核入れを完了した貝は湾に戻され、それから何年もかけて貝の内部で真珠が作られるーーということだった。

後編 その2へ続く

原田 マハ

1962 年東京都生まれ。関西学院大学文学部日本文学科、早稲田大学第二文学部美術史科卒業。伊藤忠商事株式会社、森ビル森美術館設立準備室、ニューヨーク近代美術館への派遣を経て、2002年フリーのキュレーター、カルチャーライターとなる。2005年『カフーを待ちわびて』で第1回日本ラブストーリー大賞を受賞し、2006年作家デビュー。2012年『楽園のカンヴァス』で第25回山本周五郎賞を受賞。2017年『リーチ先生』で第36回新田次郎文学賞を受賞。

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