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連載 すべてが円くなるように 原田マハ

作家・原田 マハさんがMIKIMOTOのために
書き下ろした連載です。
ここでしか出会えない
真珠にまつわるエッセイや
ストーリーをお楽しみください。

Vol.9

海からの贈りもの

有機的な宝石(オーガニック・ジェム)」である真珠には、
他にはないあたたかな光が宿っている。

リタ・碧海・芦花、大学の同窓生三人が鳥羽に集合。
メトロポリタン美術館に勤めるリタが、展覧会の取材のために訪れたのだ。

午後、私たちの車に八重樫さんも乗り込んで、今回の旅のふたつ目の目的地、ミキモト鳥羽工場を訪問した。

工場といっても、メカニックに人口真珠を作る場所などではない。養殖場で浜揚げされた真珠を選別し、ネックレスなどのジュエリーに加工する場所だ。

急な坂道を上り切ったところに佇むその建物は、やはりどことなく校舎を思い出させるノスタルジックな風情である。そこで私たちを出迎えてくれたのは、竹本渚さんだった。

渚さんはこの工場で真珠の選別からオートクチュールで発表する特別な作品作りまで、すべての工程に精通した超ベテランであると八重樫さんに説明され、とてつもない専門家を紹介してくれたものだと、私は内心碧海に感謝した。

「どうでしたか? 養殖場は。海咲は真面目に働いていましたか?」

渚さんに訊かれて、私は即答した。

「ええ、もちろん。職人技を見せて頂きましたよ。それに、渚さんが昨日、『真珠は海からの贈り物だ』っておっしゃっていた意味がよくわかりました」

渚さんは笑みをこぼした。

「ここで真珠のネックレスが出来上がっていく工程をみたら、きっともっとそう思うはずやに」

私たちは真珠のネックレスの作業場へ通された。

作業用テーブルは窓際にあり、部屋の中の電灯は付けられていなかった。自然光のもとで選別しなければ真珠の個性が見抜けないんだそうだ。ひと粒ひと粒、大きさも色合いも光沢も質感も異なる真珠を選別して似寄りのグループを作り、さらに隣り合う真珠同士のバランスを確認しながら、繰り返し入れ替えたり並び替えたりして、同じ輝きを放つようにマッチングさせていく。この気が遠くなる「連組み」という工程を経て、世界にたったひとつの「個性」を持ったネックレスが完成する。

「なるほど。すべてが白くて円くて同じ真珠のネックレス、というわけではないんですね」

碧海が得心して言うと、「さすが、碧ちゃん。そこがいちばん大事なんよ」と渚さんは嬉しそうに応えた。

リタは連組み作業中のテーブルに近づいて、トレイの上に並べられた六列の真珠の連なりを凝視している。しばらくして「ほんとうに、全部、表情が違うわ」と、しみじみと言った。

「ボッティチェッリが描いた『美しきシモネッタ』の真珠と、フェルメールの『真珠の首飾りの女』の真珠が、明らかに違うことはわかっていたけど……生産国や時代の相違、画家の技量や描き癖、色々な要素があって違いが生まれると知っていたけど……それだけじゃない。真珠は、個性を持って生まれてきたのね。私たちと同じように」

八重樫さんがうなずいた。

「そう。だからこそ、私たちは真珠に魅了されるんです」

碧海が私の腕を肘でつついて、耳元で囁いた。

「さすがリタ。いちばん大事なこと、もうわかっちゃったよ」

私は微笑を禁じ得なかった。

もしもリタが、象牙の塔に引きこもって学術書だけを頼りに調査を進めるタイプのキュレーターだったら、こんな発見はなかっただろう。なつかしい友と旧交をあたためることもなかったし、真珠のエキスパートたちの優れた技術を目にすることもなかっただろう。自然と人とが共生して生み出される真珠を、個性あふれるひと粒ひと粒を、愛おしいと感じることもなかっただろう。

この調査を決行したリタに、素晴らしい出会いを演出してくれた碧海に、私は心の中でこっそり感謝した。

夕映えに照らされながら、私たちは駐車場へ向かった。茜色に染まる空に車のキーを軽く放り上げた碧海が、それをキャッチするなり、

「確定!」

と言い放った。

「リタの展覧会、最っ高のものになる!」

リタはくすぐったそうに笑ったが、まんざらでもなさそうだ。車に乗り込むとすぐ、私は運転席の碧海に言った。

「ねえ碧海、リタの展覧会見に来てよ。絶対に」

「もちろん、もちろん」と碧海は歌うように応えた。

「ねえリタ、いつなの? 展覧会」

「三年後」とリタが返した。

「最速でね。遅ければ四年後か、五年後かも」

「ええ? そんなの待ちきれないよ、来年にしよう!」

碧海が言うので、私とリタは声を合わせて笑った。

工場の出入り口で、八重樫さんと渚さんが手を振って見送ってくれた。その背後に、昼間見かけたあの老紳士の姿が、一瞬、見えた気がした。

誰のまぼろしなのか、私はとっくに気づいていた。けれど誰にも言わずにおこうと思った。リタの展覧会が成功するまでは、ちょっとした願掛けとして。

青白い光をこの世界に投げかけながら、西の空高く月が昇っている。昨日より少し欠けた、それでも円い月だった。

原田 マハ

1962 年東京都生まれ。関西学院大学文学部日本文学科、早稲田大学第二文学部美術史科卒業。伊藤忠商事株式会社、森ビル森美術館設立準備室、ニューヨーク近代美術館への派遣を経て、2002年フリーのキュレーター、カルチャーライターとなる。2005年『カフーを待ちわびて』で第1回日本ラブストーリー大賞を受賞し、2006年作家デビュー。2012年『楽園のカンヴァス』で第25回山本周五郎賞を受賞。2017年『リーチ先生』で第36回新田次郎文学賞を受賞。

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